バイオフィルム

Biofilm

バイオフィルムというワードは、CMのお陰で最近ではほとんどの人が認知するワードとなりました。医学領域では、ペースメーカー、尿路や血管内カテーテルにも観察され、やっかいな感染症の原因になると言われています。口の中にもプラークという形で存在し、その中にはむし歯や歯周病の原因菌が多数存在しています。歯科領域でもこのバイオフィルムをコントロールすることが、予防、治療、予後において非常に重要なことになります。

プラークとバイオフィルムの違いは?

結論から言うと同じものです。

1999年、J.W.Costertonによってアメリカの科学雑誌、サイエンス上のレビュー中で提唱されて以降、口腔バイオフィルムの概念が世界に発信されて、以前はプラークと呼んでいたのですが、それ以後はバイオフィルムと言われるようになったようです。現在ではごっちゃに使用されています。

人間の体に棲みつく細菌は、生き延びるために、菌体の周りにぬるぬるした糊状物質を作ってスクラムを組んだ大きな集団を形成します。これがバイオフィルムという菌が生きていくための家です。デンタルプラーク(歯垢)もお口の中でこのバイオフィルムの状態になっていると考えていただけたらいいと思います。

歯ブラシで除去できるものがプラークで、除去できないのがバイオフィルムと見解しているところもあるようですが…これはどうも?

当院は、現時点ではバイオフィルムの集団になったものがデンタルプラークだという見解です。

バイオフィルムって何?

図1:カテーテルに生成した黄色ブドウ球菌のバイオフィルム


そもそも、バイオフィルムとは、何なんでしょうか?簡単にいうと、台所のシンクの「ヌメリ」やお風呂の「ヌメリ」などです。どのような構造なのか?

バイオフィルムの構造

図2:バイオフィルム概略図

吸着層はコンディショニングフィルムと呼ばれます。基質表面と細菌とは、静電的相互作用やファンデルワールス力などにより接触します。運動性をもつ細菌では、この初期過程に鞭毛が関係し、接触の確率を上げると考えられています。

バイオフィルムの形成過程

図3:バイオフィルム形成過程

1 細菌が付着

2 細胞外多糖(EPS、extracellular polysaccharide)を分泌します。

3 バイオフィルムが形成される

4 コロニーを形成してバイオフィルムはさらに大きくなる

5 内部が過密になると細菌が放出される

細菌が付着と脱離を繰り返しながら、徐々にバイオフィルムが形成されます。(図3)

このバイオフィルムは、基質と水が存在する環境では必ず見ることが出来ます。
口腔、特に歯は基質に当たり、唾液が水に相当し、さらに口腔内には体中で一番菌が多いところですから、バイオフィルムを形成するには、こんないい場所はないのです。ちなみに、デンタルプラーク1gに菌数は1011個(1000億個)いるといわれています。

バイオフィルムは厄介者!

ウイルス感染や細菌感染などは、病原体が身体からいなくなることによって、症状が治ります。

ところが虫歯菌や歯周病菌は、バイオフイルムを形成して、スクラムを組んで居座ろうとします。
幸い虫歯菌は、好気性といって空気のあるところでしか生きられませんから、適切なブラッシングである程度退治することは可能です。しかし、この中にも厄介な菌もいます。(参照こちら

厄介なのは、歯周病菌です。歯周病菌は、嫌気性といって、空気のないところで生きていくことが可能なので、自分ではブラッシング出来ない歯周ポケットのなかでバイオフィルムを形成してぬくぬくと生きていこうとします。
このように、虫歯菌・歯周病菌がいったんバイオフィルムを形成してしまうと、さらに厄介です。

実は、バイオフィルムは薬剤に対して高い抵抗性を示します。つまり、消毒剤が効きません。テレビのCMでお口クチュクチュでとれるように宣伝していますが…

全く効かないわけではありませんが、あくまでも機械的に除去した後に補助的に使用することになります。(参照こちら

エンドレスな戦いの始まり

バイオフィルムを形成してしまうと、慢性的に局所で細菌と宿主との果てしないバトルが展開されます。エンドレスな戦いです。さらに厄介なのは、これらのバイオフィルムの中で増殖した歯周病菌が全身に波及してしまうことです。どのようなことが起こるかは、歯周病予防は全身疾患予防歯周病治療の歯周病と全身疾患を参照してください。

バイオフィルムは機械的除去でするしか!

諸悪の根源バイオフィルムは、残念ながら機械的に除去するしか方法がありません。お口クチュクチュでは取れませんよ。よく考えてみてください。食事をした後のお皿についた汚れは、水で流すだけでは取れませんよね。シンクやお風呂のヌメリをとる方法を考えてみてください。タワシやスポンジで機械的に擦ってヌメリをとっていませんか?

これと同じことを、歯面、特に歯周ポケット部のバイオフィルムが関与している部分にもする必要があります。

デンタルバイオフィルム除去

バイオフィルム除去方法

機械的に除去するが第一選択になりますが、付着する場所によって除去方法が異なります。

デンタルバイオフィルムの付着場所

 バイオフィルムの付着場所つまり細菌のたまり場とは?

 ①歯肉縁上のバイオフィルム
 ②歯肉縁上で歯ブラシが届かない場所のバイオフィルム
 ③歯肉縁下のバイオフィルム

①~③が付着場所です。

デンタルバイオフィルムの除去方法

 ①歯肉縁上のバイオフィルム
   適切なブラッシングによるセルフケア
 ②歯肉縁上で歯ブラシが届かない場所のバイオフィルム
   歯科医院での定期的なプロフェッショナルケア
 ③歯肉縁下(歯周ポケット)のバイオフィルム
   歯科医院での定期的なプロフェッショナルケア

つまり、②と③の部分のバイオフィルムは自分では除去できません。
ほとんどの人が歯磨きをちゃんとすると問題なくバイオフィルムを除去できると思っていますが、
実は、ほとんど取れていないと思った方が正解です。

ほとんどの人がうまく除去できていない!

次に示す写真は、患者さんにいつも通り磨いていただき、ご自身ではこれでOKというレベルになった状態で汚れを染め出す液で調べたものです。

歯と歯肉の境目に着色が見られます。また濃く染色された部分は、48時間以上前のもが染色される液を使用しました。このことから、歯の歯肉の境目のプラークはほとんど除去されていないことがわかります。また、この部分は、長い間汚れが取れていないことが想像されます。さらに、歯肉縁上がこのような状態ということは歯肉縁下も推してしるべしですねぇ?

ほとんどの方がセルフケアが十分に行われていません。要するに適切なブラッシングが行われていないということです。セルフケアが十分でない場合は、セルフケアの方法を衛生士さんから教えてもらった方が、格段によくなります。

一度歯科医院で自分のセルフケアの方法は適切なのか見てもらうことをお勧めします。

やっぱりプロフェッショナルケア

ところで、歯面(歯肉縁上)についたバイオフィルムを見る方法は、「染め出し液」というプラークを染色するものを使用して、色をつけて明視化します。正確には、歯垢染色液であるエリスロシンはアシッドレッド51と呼ばれるものが色素成分であり、この色素はタンパク質を染めるといわれています。ミュータンス菌の産生した不溶性のグルカンは構造的に染色されにくく、つまりミュータンス菌の産生したα-1・3不溶性グルカンはアシッドレッドでは染色されません。従って、口腔内のプラーク全てが染色されているわけではないのです。さらに、縁下についてバイオフィルムは明視化する方法はありません。

縁下についてのアプローチは衛生士さんの右に出る人はいません。衛生士さんは、スケーラーという歯石等の汚れをとるもので毎日、縁下の部分にアプローチしている仕事をしているからです。

これらの理由で、適切にバイオフィルムを除去するにはプロフェッショナルケアすなわち衛生士さんにお願いするしかありません。プロフェッショナルケアに関しては、かかりつけの医院の衛生士さんに相談してください。


まとめ

バイオフィルムは薬が効きにくい

バイオフィルム感染症はエンドレス

バイオフィルムの除去は衛生士さんへ


関連記事

Microbial shift

Microbial shiftとは?  Microbial とは「微生物の」という形容詞です。Shi... ...

洗口剤

歯科医院で使用されている洗口剤 1)バイオフィルムにの表面に付着して作用するもの 2)バイオフ ...

特定ミュータンス菌は脳出血と関係している

脳出血は、塩分摂取量が多くて高血圧との関連性があることはすでに認知されている情報でしたが、 ...


追記

今回の投稿で使用した図の一部は下記より引用いたしました。

D. Davis – From: D. Monroe. “Looking for Chinks in the Armor of Bacterial Biofilms“. PLoS Biology 5 (11, e307).DOI:10.1371/journal.pbio.0050307.}

5 stages of biofilm development. Stage 1, initial attachment; stage 2, irreversible attachment; stage 3, maturation I; stage 4, maturation II; stage 5, dispersion. Each stage of development in the diagram is paired with a photomicrograph of a developing Pseudomonas aeruginosa biofilm. All photomicrographs are shown to same scale

Pocket
LINEで送る